はじめに
ご無沙汰しております、長屋柚香です。みなさんお元気でお過ごしですか。私は今内定先の配属にドキドキしながら過ごしています。同時に「やっと社会人だー!」とワクワクしています。
さて、今回の引退ブログですが、せっかくなのでこの場を借りて弓術部に入ってよかったことを思うままに書こうと思います。先に申し上げますが、以下とびっきりに長いブログとなっております(笑)。ただ、文字数の制限なく自由に書ける機会なんて数少ないと思うので大目に見てくださると嬉しいです。
1.「個人競技だけど団体競技」
弓術部に入って良かったこととしてまず頭に浮かぶのは、「チームで勝ちを目指す楽しさ」を実感できたことです。すごく当たり前で平凡に聞こえますが、私にとっては非常に大きい財産です。と言うのも、私は幼少期からフィギュアスケートに7年間打ち込み、かっこよく言えば、常に自分と向き合い昨日の自分に勝つことしか考えていませんでした。そして全国の舞台でも結果を残し、そのやり方が自分に合っていると思って疑いませんでした。つまり、いわゆる自己完結型の頑張り方しか知らなかったのです。
しかし、高校で弓術部に入り、純粋に「チームメイトがいるって楽しいかも」と思った記憶があります(笑)。 もっといえば、周りに助けを求め、人の手を借りる重要性、仲間と一緒にゴールに向かって頑張る楽しさを学びました。とはいえ、弓道はスケートと同様個人競技ではあるはずなのに、部活としてやっている以上チームで一丸となる必要があり、自分にとってすごく新鮮で最初は苦戦しました。一年生の頃はそもそも先輩方に心を開くことが中々できず、仲良くしている同期を見て「私はそんなに仲良くできないな」と思うこともありました。先輩方からしてもマイペースで可愛げのない後輩だったかなと思います。ですが、そんな私でも学年が上がるごとに後輩や同期のおかげでチームで戦う楽しさを味わうことができました。特に副将就任後は、チームのために自分は何ができるか、如何に周りを巻き込んでいくかを考え、自分のリーダーシップ像を日々模索することに喜びを感じました。
そしてもっと基本的なところで言うと、組織の一員としてのあり方を学び、貴重な社会勉強になりました。 一年生の頃は練習しすぎて翌朝寝坊して先輩に呼び出しを食らったり、決められたことを忠実にこなすのが苦手で何度も名指しでお叱りを受けたこともありましたが、今ではしっかり教育してくださった先輩方には頭が上がりません。また下級生の時に「なんだこの理不尽!意味わかんない!」なんて思ったことも上級生になると、見える世界が変わり腑に落ちる、なんてことも沢山ありました。入部当時は変わっている部分も多かったと思いますが弓術部に良い意味で矯正していただき、それなりにまともな人間になれたのではないかと感じます(笑)。

2.「10年前の自分」との勝負
2つ目は、「過去の自分」に勝てたことです。私は10歳の時スケートでジャンプが突然飛べなくなり最終的に競技転向し、ジャンプから逃げてしまいました(逃げたと言う現実を直視するのには長い年月を要しましたが(笑))。まだ幼かった私には自分に何が起こっているのかさっぱり分からず、ただただ目の前が真っ暗になった記憶があります。今考えると弓道で言う「早気」のようなイップスだったと思うのですが、当時はそのような概念すら知りませんでした(知っていたら少し楽になっていたかもしれません)。
自分の性格も起因しているとは思いますが、当時はアメリカにいたので慣れない環境下で自分を追い込み続けないといけないストレス、自分の感情を言語化もできなければ言語の壁もあり、周囲にも相談しづらい苦しさに潰されてしまったのかと思います。そして長い年月が過ぎ、やっと冷静にあの時のことを考えられる時が来たのですが、「当時の自分にできることはやった」と思う気持ちと「もっとできることが絶対にあった」と思う気持ちが永遠に交差し、人生において最大の後悔となりました。
そしてスケートを辞めた10年後、弓道でも空筈をきっかけにイップスになりました(笑)。正直「なんだあの頃と何も変わってないじゃん」と思いましたが、同時に「でも今度こそは自分に勝ちたい」と強く思いました。今思えば、スケートで自分から逃げたツケが回ってきたのだと思います。大前で引くはずだったインカレの前日に空筈をし、杉本に出場してもらうことになった時の悔しさは一生忘れることはないです。インカレのアリーナで「的中が出なくてごめん」と謝る杉本に対し「引いてくれてありがとう」とは言ったものの、その日の夜はホテルに戻って泣いたことを覚えています。
そんな悔しさを胸に練習し、当初は大三から怖くて引分けられなかったものが一年ほどかけ最後は口割れまで引いて会でも粘れるようになりました。誰もいない夜の自由練習で、藁にもすがる思いで松岡修造の激励動画を流し、自分の恐怖心に打ち勝とうとした日もありましたが(笑)、結果として10年越しに自分の失敗経験を成功体験へと塗り替えることができ、10歳の自分を報いることができたかなと思います。10年前に戻ってやり直したいと思う気持ちは今後一生残りますが、弓道で踏ん張れたように、この悔しさがあれば今後どんな時でも踏ん張れるんじゃないかと信じています。
そして、弓道でイップスを乗り越えられた理由を考えたときに、一番は「頼れる仲間がいたかどうか」だったと思います。スケートでは海外にいたこともあり少し孤独だった記憶がありますが、弓術部では応援してくれる人が沢山いました。「今の惜しかったね」とか引いている際に背後から「長屋さん大丈夫です、大丈夫です。」と声をかけてくれる仲間たちがいました。涙を堪えきれず更衣室に逃げた時に「大丈夫?」と追いかけてくれた同期がいました。藁部屋に篭っている時に「最近どうなんだ?」と扇子を片手に覗いてくれた御園生さんがいました。そして、連絡をすればいつでも道場に駆けつけてくださり、何度もご飯に連れて行ってくださり、常に味方でいてくださった木村さんがいました。お仕事で忙しい中でも欠かさずLINEを返してくださり、折れそうな心を繋ぎ止めてくれました。おかげさまで周りが声をかけてくれた分強くなり、1人では乗り越えられなかった壁をみんながいたから乗り越えることができました。

3. 自分の殻を破る勇気
3つ目は、「自分の殻を破る経験」を積めたことです。どんなに自分には向いていないと思ったり、批判の声があったとしても最後は「自分がやるんだ」と腹を括らないといけないこともあります。そんな時に「自分には無理だ」と決め付けずに成長のチャンスだと思って苦手ながらに努力する。最初は不器用で上手くいかなくても、自分なりのやり方を模索している間に誰かが見てくれていて、付いてきてくれる人が出てくる。
正直、自分は人の上に立った経験がなく、幹事には向かないと最初は思っていました(今も向いているかと言われたらはっきりしませんが、向き不向きよりも最後腹を括れるかの方が大事なのかなと感じます)。私は特にカッコ良いことを言える訳でも、後輩を先導するカリスマ性や圧倒的な技術がある訳でもありません。懸念や心配の声も少なからずありました。それでも、やると決めたなら自分を変える勇気や部員を巻き込む勇気を持って突き進む。そうしたら、やっているうちに段々と慣れ、気づいたらそれっぽくなっていきます。最初は戦評で話すだけでも緊張したり、介添えとしての選手への声のかけ方にも悩みました。それでも自分の練習もしながら可能な限り他の選手の射を観察し、「誰1人として取り残さない」という想いのもと普段からコミュニケーションを取るようにしていました。
最初は後輩に声をかけることだけでも「偉そうに聞こえるんじゃないか」「変に先輩ヅラしておかしいのではないか」としょうもないことを考えてしまい、すごく勇気が必要でした(笑)。でもやっているうちに楽しくなってきて気づいたら「困ったら長屋さんだ」と頼ってくれる後輩たちに囲まれていました。そして、そんな後輩たちも私が苦しそうにしていると声をかけてくれるようになり、気づいたら私が助けられているなんてこともありました。
あとは、本当にちっぽけなことですが、介添えとしてよしがけは誰よりも早く、大きくすることに対しては変なプライドを持っていたのかもしれません。弓道において、試合で一番辛くて孤独なのは選手です。どんなに調子が悪くても責任を背負って引かなければなりません。そんな中、応援は声を出して空気を良くすることくらいしかできません。だったらそれくらい全力でやろうよということです(私のよしがけに怯えてしまった1年生もいたらしく、その節はすみませんでした(笑))。最初からでっかいことをする必要はなく、こういう小さなことの積み重ねが後々花を咲かせてくれるはずです。
ただ、殻を破った結果「理想とする副将としてチームを勝利に導けたのか」と言われると、私はそうは言えません。思い描いていたような終わり方はできませんでしたし、何よりもっと楽しみたかったなと思います。そもそも全然殻を破れていなかったのかもしれません。こればっかりは悔やんでも仕方ないので次のステージに活かします。
4.「攻めることだけが正義ではない」
4つ目は、「攻めることだけが正義ではない」と身をもって学べたことです。もちろん毎日を全力で生きることも大事ですが、大丈夫じゃない時に「大丈夫じゃない」と言うことやいわゆる戦略的撤退も大事だということです。結局のところ、最終的に自分を守れるのは自分しかいません。
私は四年の夏に感染症にかかってしまい、休部を何度か繰り返しリーグも半分しか見ることができませんでした。当時は弓術部の皆んなや監督コーチ方への申し訳なさ、幹事としての不甲斐なさ、いつ治るかも分からないなか時間だけが過ぎていく恐怖に押しつぶされ、「何も悪いことをしていないのに、何で自分なのか」と普段はあまり話さない父親に向かって泣き喚きました。ただ、4年間という長期戦においては時には休むことも大事なんだと、その病気が自分に教えてくれた気がします。高校卒業後すぐ毎日大学の道場に通い詰めていた自分に「最初から突っ走りすぎだぞ、4年間は長いんだから」と言ってやりたいです(笑)。
一番大事なのは、休んだ後にきちんと戻ってこれるかだと思います。自分の体調が回復したのはみんながリーグを終えた後だったのですが、Ⅱ部からⅣ部降格という結果を聞き、もう部活には戻れないのではないか、戻らない方がいいのではないかと考えました。結果の裏にはどんな苦労があったのか聞きたいけれど、話してくれないんじゃないか、そもそも聞く権利もないんじゃないか。こんな風にグルグルと考え行動を起こせずにいました。
そんなある日、同期の三輪とご飯に行き、心の内を話したところ背中を押してもらい、後日御園生さんや幹事にアポを取り話をすることができました。あの時背中を押してくれた三輪、話してくれた守屋と御園生さんは本当にありがとうございました。おかげさまで納会と送別会にも参加することができ、今このように4年間を振り返ることができています。復帰後納会に向けて日吉の道場に足を運んだ際はとても緊張しましたが、後輩たちが駆け寄ってきてくれて安心したのを覚えています。 治療中も励ましのLINEをくれてありがとう!

最後に
今これを読んでくれているみんなは「的の向こうに広がるもの」とは何だと思いますか?少し想像を膨らませながら以下の文章を読んでくださると嬉しいです。
学生弓道は的中さえ出せば勝てます。でも、みんな中てるためだけに部活をやっている訳ではないと思います。もちろん数字を出さないと勝てませんが、的中だけにとらわれすぎず、その先にある “何か” を追求できたら最後に見える景色が変わってくるのかなと思います。36cmの小さな的とずっと睨めっこするのも楽しいですが、その向こう側にはもっと大きいものが待ってるはずです。例えば、「的中を出して何をしたいのか」「どういうチームを作りたいのか」「どういうプレーヤー、部員、人間であり、部にどんな影響をもたらしたいのか」を全員で考えて話してみると楽しいですよね。
普段は立ち止まって考えることがあまりないかもしれませんが、この探究心こそ、苦しい時に自分を突き動かしてくれるはずです。そして、それを追求した経験こそ、振り返ったときに一番心に残る財産になるのではないでしょうか。ただ、その “何か” は的中や周りの部員と必死にそして誠実に向き合い続けた人にしか見えないのかもしれません。自分が十分できたかは分かりませんが、上に書いた4つの点が私にとっての「的の向こうに広がるもの」であり最後に残った財産でした。そしてそれは不思議と数字や結果より遥かに重みがあるものでした。
「的の向こうに広がるもの」をカッコよく言い換えれば “無限大の可能性” とも言えると思います。後輩のみんなは無限大の可能性を秘めているはずです。そして、その可能性を最大限に引き出す環境も整っているはずです。ぜひ先輩方が耕してくれた土俵や残してくれた知恵を借りて “なりたい自分” に向かって突き進んでください。前例に囚われず、やりたいことは「やりたい!」と言ってください。1人でやろうとせず、周りと衝突しながらでも仲間と力を合わせてください。それが慶應弓術部に入ったみんなの特権です。
綺麗な言葉を並べましたが、そんなこと言ったって中々できないことがほとんどです。でも、「頑張ったけどできなかった」そのもどかしさや悔しさが何年後かの自分を奮い立たせてくれるはずです。
私はこれで4年間の体育会生活、7年間の弓道生活、14年間の競技生活に終止符を打ち、人生の新しいチャプターを開きます。今までは家族や大学、弓術部に守られていましたが、社会に出れば自分の足で道を切り拓いて行かなければなりません。今までの経験が通用しないこともあるはずです。そしてそんな時は自分が今までいかに恵まれていたか改めて気付かされるのでしょう。
最後に上野千鶴子さんが2019年の東大の入学式にて残したあの有名な言葉を引用させていただきます。
“頑張ったら報われるとあなた方が思えることそのものが、あなた方の努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないでください。あなたたちが今日「頑張ったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背中を押し、手を持って引き上げ、やり遂げたことを評価して褒めてくれたからこそです。”
上野さんがおっしゃる通り、私がここまで来れたのは周囲の皆さんのおかげでしかありません、自分1人では何もできませんでした。
この気持ちを忘れずに、社会人生活も楽しんできます!またどこかでお会いしましょう!


