令和8年卒、杉本麻子と申します。
自分が書くことになるとは思ってもみなかった引退ブログ。慶應内外に関わらず、先輩方の引退ブログを読んできた。心に残ったブログはいくつもあり、ふとした時に繰り返し読んで自分を鼓舞していた。

この4年間を振り返ればリーグに貢献できなかった1年生から、リーグに初出場した2年生、先発完投を果たした3年生、リーグ戦全試合先発完投をした4年生と一歩ずつ成長していたことを実感し感慨深く思う。しかしながら4年間目標にしていた伊勢の舞台で弓を引(弯)くことを達成することはできなかった。現役の間は何も成果を出せていない、勝てていない、と自分がたどった過程を否定し続けていた。今思えば、もっと日々の成長を認め、自信に繋げるべきだったと反省している。そのため、後輩には自分がたどっている過程をまっすぐに見つめ、糧にすることの大切さを伝えたい。
體育會では勝利の価値について沢山考えさせられた。「勝つことが全て」でありながら、「勝つだけでは意味がない」この答えのない問いに悶々とし続けてた。 私の4年間で出た答えは、この一見相反する考えをいったりきたりすることが大事だということだ。簡単に白黒ハッキリさせるのではなく、4年間勝利の価値を考え続けること自体が財産になるという答えだったのだ。
「勝ちに拘り続ける姿勢」と「勝てなくてもどう振る舞うか」
体育会の一員である以上、勝利を目指す責任があり、そのために日々の練習がある。しかし「勝利」だけを追っていてはチームでいる意味がない。一方、結果より過程に拘ることは勝てない自分たちへの逃げであり、慰めであるように感じていた。苦悩していた日々の中で伊藤塾長の「祝福される勝者」という言葉に出会った。
「祝福される勝者」この言葉が似合う人はどんな人だろうか。私は信頼されている人、尊敬されている人、応援されている人だと考える。なぜ勝ちたいのか。勝利を得ることそれ以上に、祝福を求めているのではなないだろうか。「人に褒めてほしい」という単純な欲求だけではない。自分を信じ、応援してくれる人々に喜びをもたらしたい。そういう思いで勝ちたいと思っていた。どんな行動が「祝福される勝者」となり、信頼されている人、尊敬されている人、応援されている人となるのか。私は部活動生活の中で、常に自分に問いかけてきた。
選手として信頼されるために、練習に妥協しない、自分に厳しくする、練習を休まない、周りの選手を信頼する。
尊敬されるために、周囲への気配りを欠かさない、後輩のことを真剣に考える、努力を惜しまない、継続的に結果を出す、成長し続ける。
応援されるために、周囲への感謝の気持ちを欠かさない、堂々とする、自分と自分のチームに自信を持つ、限界を超える姿勢をもつ。
ここに挙げただけではキリがないくらいに、どんな振る舞い・行為・声掛けが「祝福される勝者」と言えるものなのか考えた。
自分が思い描く通りに振る舞えず、そんな自分が悔しいこともあった。一つの答えは出ないし、明確な答えも正解もないと思う。ただ問いかけ続けて行動し続けた日々は大切なものになっている。
最後に私の後悔を書く。
私は自分の的中、試合結果に対する後悔は一つもない。すべて自分の実力で、練習も試合も全力で臨んでやりきったと思えている。だけれど、組織に対する自分の態度の点で後悔が残っている。
弓道は自己責任の比重が大きなスポーツだ。今自分が抱えている責任はどれだけ主語を大きくしてもチームの責任としてとらえ難い。どうしても自分が抱えている問題を個人の領域にとどめてしまいがちになる。
引退してから私は「個人的なことは政治的なこと」という言葉に出会った。この言葉と出会って二つの問いが自分に浮かんだ。
一つ目はいつかの自分が抱えていた、選手としてのメンタルの弱さは個人的な問題だったのだろうかということ。
自分が引いた一本は慶應の一本である。
私はこの言葉を自分の重圧に使ってしまった。でも、この言葉にもっと甘えるべきだった。
自分が引いた一本は、慶應の一本だ。そしてチームの部員が引いた一本も、慶應の一本だ。誰が引いた一本であっても、重みは同じだ。
みんなで引いた一本だったことに気づくのが遅かった。
こう考えられなかったことは個人的な問題だろうか。引退した今、これは組織の問題であり、チームで取り組むべきことだったと思う。
自分の個人的な問題を、組織に共有する勇気
それを受け入れる空気を後輩のみんなには持ってほしい。
現役時代の自分に問いたい二つ目の問いは、隣にいた同期の”個人的だ”と思える問題は組織の問題だったのではないか。自分の練習、的中と天秤にかけずに、四年生として取り組むべきことだったのではないかということ。
私たちには他人の個人的な問題を組織の問題として捉えられる視野の広さ、視座の高さが足りていなかった。そこまで手を広げる余裕がなかったのか、作らなかったのか。自分の実力を高めることがチームのためだと思っていた。自分に集中すること、最後まで引くことを諦めないこと、その姿を見せることがチームのためではないかと思っていた。でも、それをすることで見逃した、後回しにした問題がある。お互いが個人に集中することで、組織の問題を表面化させないようにしていたかもしれない。的中が全ての弓道において、私の後悔はチームの結果を変えられたかどうかはわからない。
それでも、自分ができたのにやらなかったこととして深く心に残っている。
後輩たちがやりきったと思える四年間を送れるように私のこの文章が助けになってほしい。
弓道から多くのことを学び、体育会生として沢山考えて、先輩方から多くのことを教えていただき、後輩から沢山の支えをもらいました。
令和5年卒関口さん
技術的な指導から、部員としてのあり方、組織への関わり方、コミュニケーションについてや、私のメンタル面での相談。本当に本当に沢山お話しさせていただいて、沢山の言葉をいただきました。関口さんは常に私のありたい姿でした。自分の辛い時期に心から頼れる先輩として常にいてくださったこと、本当に感謝しております。
女子高監督の川島さん
7年間、ずっと見守り続けてくれてありがとうございました。最後の試合に来てくださったこと、一生忘れません。自分が選手として引いていながらも、チームとしてあのような結果を見せてしまったこと、悔しく思います。今後は女子高OG、弓友会員として精一杯恩返ししてまいります。
前弓術部女子監督の御園生さん
4年間、本当にありがとうございました。私が考えていることを遠慮なく話させてくれる監督の存在に、心が救われていました。何度も御園生さんの前で泣き、何度も慰められました。そしてなんだかんだ言いながらも、私に期待してくださっていたこと、本当にありがとうございます。 選抜の前日、私がプレッシャーと緊張で泣き出した次の日に午前休をとって正己に来てくださったとき、心配をかけた申し訳なさと共にそこまでしてくださる御園生さんを見て、私の監督が御園生さんでよかったと心から思いました。 これからは御園生さんが弓を引かれる姿を沢山見れると思うと嬉しいです。たまには一緒に引かせてください。
7年間という決して短くない時間を弓道に捧げられたこと、そして慶應の體育會弓術部で大学生活を送れたことがとても幸せです。