今年から始まった引退ブログ。
他の部活のブログがインスタで流れてくるのを眺めていた側だった自分が、まさか書く側になるとは思っていませんでした。こうして振り返る機会を作ってくれたマネジメントチームには、本当に感謝しています。
弓術部との出会いは、小学生の頃に遡ります。
普通部の労作展で弓術部の存在を知り、第1志望を決めかねていた自分が、なぜか「ここで弓道をしたい」と直感的に思いました。まさかその感覚が、10年間続くとは当時は想像もしていませんでした。
なんとか普通部に合格し、部活動が解禁されてからは弓道中心の生活。夏休みにコーチとして来てくださった大学生に可愛がっていただき、「自分もああなりたい」と思った記憶が昨日のことのようです。あの頃芽生えた憧れが、大学弓道へと自然につながっていったのだと思います。
弓術部で学んだことを一言で表すなら、
普通部では「弓の楽しさ」、
塾高では「勝つ弓」、
大学では「組織を動かす責任」。
大学に入ると、弓以外のことを考える時間が一気に増えました。特に学連の専任委員、そして委員長として全大学を取りまとめ、大会を成立させる立場になった時の重圧は計り知れませんでした。ただ、その責任こそが自分を大きく成長させてくれたと感じています。様々な大学の人や立場が違う人と関わる中で、自分の価値観も大きく変わりました。
振り返ると、決して順風満帆な10年間ではありませんでした。
大学1年の頃は、自分の実力のなさを痛感する日々でした。試合に出ることもほとんどできず、「このまま続けて意味があるのか」と悩んだこともあります。それでも、同期や先輩に支えられながら、ただひたすら弓を引き続けていました。

その中で迎えた新人戦。
結果を出したいという想いとは裏腹に、思うように矢が飛ばず、試合に出ること自体が苦しい時期もありました。この時の悔しさは、その後の弓道生活の原動力になったと感じています。
2年次には、全関やインカレのメンバーに選んでいただく機会も増えました。しかし、本番で引くことはできない。「選ばれているのに立てない」という現実に、もどかしさを感じていました。だからこそ、「リーグ戦では必ず引く」という想いはより強くなっていきました。
そして迎えたリーグ戦。
スタメンとして出場することができ、毎週の試合の中でただ「引き切ること」に集中していました。
中央大学戦では、自分の調子がイマイチ上がってこないことに加え、試合中にトラブルが発生し、最後の試合が決まる自分達の立の前で約1時間試合が中断しました。張り詰めていた空気が一度途切れ、再び射場に入ったあの時間は、普段とは全く違う感覚でした。それでもあの4本は、これまで積み重ねてきたものが発揮出来た場だったと思います。
そしてI部への入替戦では、
東京大学の道場という独特の空気の中、日本大学との一戦に臨みました。一進一退の展開の中で迎えた最終立。「勝てばI部」という状況で弓を引けたことは、これまでの悔しさが報われた瞬間でした。
3年次では、東京都学生弓道連盟の運営に本格的に関わり、大会運営の中心を担う立場となりました。全大学を対象とした大会を成立させる責任は想像以上に重く、常に全体を見渡しながら判断を下す日々でした。
その一方で、選手としての自分も存在していました。
運営に時間を割く分、練習量には差が生まれる。チームの一員として結果を求められる中で、その両立には大きな葛藤がありました。それでも、「どちらも中途半端にしたくない」という想いで向き合い続けていました。
運営では、全大学との信頼関係を築くことを最も大切にし、「透明性のある運営」を意識して取り組みました。その結果、全関やリーグ戦をコロナ禍以降の新たな形として軌道に乗せることができたと感じています。
その代償として、選手としての時間は減りました。それでも、自分が担った役割には意味があったと、今は胸を張って言えます。

4年次には、部内で最上級生として、そして学連では委員長として、最も大きな責任を負う立場となりました。
これまで支えられてきた側から、支える側へ。
自分の一つの判断や行動が、チームや大会全体に影響を与える。その重みを日々感じながら過ごしていました。
自分の責任で日本武道館での全関東学生弓道選手権大会を成功させた時の達成感は、言葉では言い表せません。矢渡しで星に詰めた瞬間の光景は、今でも鮮明に覚えています。

リーグ戦では初戦こそ落としたものの、チームの雰囲気はこれまでで最も良く、全員で戦えている実感がありました。その結果、16年ぶりの1部リーグ優勝を達成することができました。王座出場が決まった瞬間、ここまで続けてきて良かったと心から思いました。
しかし、王座では1回戦敗退。
この悔しさは、後輩たちに託したいと思います。今のチームなら、必ずその先に辿り着けると信じています。
弓を引くことだけでなく、学連として大会を支える立場も経験し、「競技としての弓道」と「組織としての弓道」の両方に関わることができたことは、自分にとって大きな財産です。多くの人の支えがあって初めて競技が成立しているということを、身をもって学びました。
10年間続けてきた弓道に、一つの区切りを迎えます。
楽しいことよりも、悔しいことの方が多かったかもしれません。それでも続けてこられたのは、弓道そのものの魅力と、共に過ごしてきた仲間の存在があったからです。
この10年間は、結果だけでなく、その過程で感じた悔しさや葛藤、そして人とのつながりによって形作られてきました。
これまで支えてくださった三田弓友会の皆様、運営にご協力下さった加盟校の皆様、弓術部で一緒に戦ってくれた皆様、10年間様々な面で支えてくれた家族に心から感謝しております。ありがとうございました。
