弓道は嫌いです。本当にとてつもなく大嫌いです。ただまあ、4年間の部活動で悪い思い出しかなかったかと言われればそういうわけでもなく、辞めていたなら辞めていたなりの後悔はあったように思います。
僕のかつての友人でSくんという人がいたんですが、彼が部活を辞めるときに熱心な勧誘を受けました。それはもう、驚くほどに熱心な勧誘でした。当時の僕は、Sくんとえらく仲がよかったものですから、真剣に辞めるか迷いました。ただ、なんとなく人に言われて辞めるのは嫌な気がしたんです。結果的にそれは悪くなかったと思います。もし彼の勧誘に乗って辞めていたら、同期を本気で応援できなかったと思いますし、何より、王座で人のために悔しくなることも叶わなかったでしょう。それに、きっと「彼のせいで辞めた」と、人を言い訳に使っていたような気がします。
これを読んでいる人がどんな人で、どんな気持ちで読んでいるか僕には分かりません。もしかしたら弓道を辞めたくてたまらなかったり、部活に行きたくない人もいるかもしれません。 別に僕は弓道を続けることが正しいことだとは思いません。むしろ常識的に考えれば僕が弓道を続けたことは間違いだったでしょう。最後までもたれは治りませんでしたし、また、中ることもありませんでした。先輩後輩、OB方にもたくさん迷惑をかけたと思います。ただ、正解の人を妬みながら、それでも、間違った人にしか味わえない感情と情景を精一杯に受け止め、とてつもない回り道だったかもしれないけれども、人として一歩前に進むことはできたように思います。確かに選手としては全くもって活躍できませんでした。しかし、素晴らしい同期と可愛げのある後輩に囲まれ、弓術部での生活は、過ちではありましたが、同時に青春でもありました。

さて、長々語りましたが、結論として何が言いたいかというと自分の決断に責任を持つべきという話です。僕は、他人に唆されて辞めず、自分の意思で残ったからこそ、自分が残った意味についてよく考えました。そしてその過程において苦悩や葛藤があったからこそ、上記のような価値に気付けたんだと思います。払ったコストに比べてそれが見合うかどうかは分かりません。ただ、少なくとも今この文章を書いている自分はほとんど後悔をしていません。弓道を続けたのは間違いだったと認識しつつも、同時に、後悔もしていないんです。
今一度、この文章を読んでいるあなたがもし辛さや葛藤を抱えているなら、それを他人任せにせず、大事にして欲しいです。そしてその葛藤の末で、弓道をやるにしろ辞めるにしろ、自分の決断に責任を持つことができれば、きっと後悔は少ないんじゃないかなと思います。